文部科学省「高大接続改革」の一環としての大学入試改革についての私見
―大学入学共通テスト実施のための試行調査(世界史B・日本史B)の検討

延近 充
2019年4月22日公表
はじめに
(1) 文部科学省の高大接続改革とは
文部科学省は高大接続改革の一環として,2020年度から大学入試センター試験に代わる大学入学共通テスト(以下,共通テスト)を実施することを決定し,2017年7月に共通テストの実施方針を発表した。
高大接続改革とは,文科省の説明によると,
「グローバル化の進展や人工知能技術をはじめとする技術革新などに伴い,社会構造も急速に,かつ大きく変革しており,予見の困難な時代の中で新たな価値を創造していく力を育てることが必要です。
このためには,『学力の3要素』(1.知識・技能,2.思考力・判断力・表現力,3.主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度)を育成・評価することが重要であり,義務教育段階から一貫した理念の下,『学力の3要素』を高校教育で確実に育成し,大学教育で更なる伸長を図るため,それをつなぐ大学入学者選抜においても,多面的・総合的に評価するという一体的な改革を進めていく必要があります」
ということである。
3番目の要素の「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度」とは,これまでの教師による一方向的な講義形式の教育ではなく,発見学習,問題解決学習,体験学習,調査学習,教室内でのグループ・ディスカッション,ディベート,グループ・ワークといった,いわゆるアクティブ・ラーニングを積極的に取り入れることとされている。
共通テストは,この改革の理念を大学入試において具体化する手段という位置づけで,これまでのセンター試験と違って,マークシート式問題においても知識の深い理解と思考力・判断力・表現力を重視した作問を行なうこと,記述式問題を導入することが特徴とされている。また,各大学独自の入試においても同様に,「学力の3要素」を多面的・総合的に評価するものへ転換することが求められている。
こうした改革が必要とされるのは,従来の大学入試問題が「知識偏重」となっているという認識,特に歴史科目については,高校生に「重箱の隅を楊枝でつつく」ような,細かい歴史的事実の暗記を強いるものになっているという認識があるからであろう。
すべての大学の歴史科目の入試問題が,「細かい歴史的事実の暗記」のみを強いるものであるとは言えないが,そうした傾向がみられることは否定できない。
大学の入試問題がそのようなものであれば,4年制大学への進学率が50%を超え,短期大学を含めた大学進学率が60%近くとなっている現在,高校教育でも大学への進学を考慮した教育,したがって,生徒が大学の入試に合格できるように「細かい歴史的事実の暗記」重視の教育をせざるをえなくなるだろう。
共通テストを含めて大学の入試問題が「学力の3要素」を重視するものに改革されれば,高校教育もそのような方向に誘導されるだろうという考え方には一理ある。
もちろん高校教育は,大学への進学だけが目的ではなく,多様な意義と課題を持っているから,大学の入試改革だけで高校教育の課題が解決されるわけではない。
しかし,少なくとも歴史科目の学習とは「細かい歴史的事実の暗記」であるという意識を変え,現代社会が抱える諸問題の原因や原点がどこにあり,問題の解決のためにどのような方向性を展望すべきなのか,といったことを考えるためにこそ,歴史を学ぶ意味があるという意識に変わるとすれば,この改革は重要な意義をもつであろう。
その意味でこの改革の理念は間違っていない。問題はこの理念をどう具体化するかである。
文科省および大学入試センターがこの理念をどのように具体化しようと考えているかは,共通テストのための「試行調査」(プレテスト)で推測することができる。プレテストは,2016年8月に文科省が公表した『高大接続改革の進捗状況について』に基づいて,大学入試センターが問題を作成し,2018年11月に第1回目が実施された。
第1回のプレテストから約4カ月後に公表された『大学入学共通テストの導入に向けた試行調査(プレテスト) (平成29年11月実施分)の結果報告』(以下,『第1回プレテスト結果報告』)によれば,全国の高校1,889校の2年生と3年生162,325人が受験し,うち世界史Bは6,335人,日本史Bが8,238人ということである。
問題作成は,大学入試センターの「新テスト実施企画委員会に設置された問題調査研究部会の科目別ワーキンググループ(WG)」が担当し,2016年秋に選任された委員(大学教員と高校教員)が,2017年夏まで10カ月程度の期間で集中的に議論し作成,問題点検も同WGが担当したということである。センター試験の問題作成には通常2年程度を要するということなので,その半分以下の期間で作成されたわけである。
もっとも,一般的な大学では,当該年度の入試の実施後にその結果の反省を踏まえて次年度の担当者を選任し,問題作成を開始するというのが普通であろうから,10カ月程度で作成というのは通常の業務期間といえよう。大学の専任教員は,研究と教育の他に,大学・学部運営に関わる業務も抱えているから,入試問題の作成に2年をかけられる大学は稀であろうし,問題作成期間が10カ月間というのも長い方かもしれない。
問題作成期間の長短は別として,実施されたプレテストは,高大接続改革の理念を具体化することに成功したのであろうか。入試センターはプレテストについての有識者のコメントを公表している。地歴・公民分野については,田中愛治氏(早稲田大学政治経済学術院教授,中央教育審議会教育課程部会高等学校の地歴・公民化科目の在り方に関する特別チーム主査,2018年6月から早稲田大学総長)がコメントしているので,全文を引用しておく。
「大学入試センターが作った新しいタイプのサンプル入試問題は,嬉しい驚きであった。学習指導要領の見直しの過程で,地歴・公民の分野での特別チームでの議論は,高校生にいかに考えさせるか,どう考えさせるかということを最優先課題としていたのだが,今回のサンプル問題はその精神を大変良く具体化している。
論述式でなく,客観形式の問題でありながら,これほどに受験生に考えさせる問題を作ることができるのかという驚きと,作題に携われた先生方のご苦労が想像できた。受験生に思考の大切さを教えることができる良い問題を良く練り上げられたと感服している。
例えば,基礎知識を必要とする問題でも,直接それを問うのではなく,その知識を基に考えて答えるように工夫された問題など,非常に工夫が行き届いて,受験生に考えて解くことの重要性を分からせる良問を作られたことに敬意を表したい。」
高大接続改革の一環としての共通テストの目的は「学力の3要素」,特に「思考力・判断力・表現力」を評価することにあり,具体的には「マークシート式問題においても知識の深い理解と思考力・判断力・表現力を重視した作問を行なうこと」とされているから,このコメントどおりであれば,プレテストはこの目的をみごとに実現できているということになる。しかし,世界史B・日本史Bのプレテストの問題を検討してみると,私にはどうしてこのような手放しで大絶賛するコメントができるのか,まったくわからない。
実は,田中愛治氏が所属する早稲田大学政経学部の歴史科目の入試問題は,教科書に記述のない史実を問う問題や史実の年代のみを正誤判断の基準とする問題など,まさに「細かい歴史的事実の暗記」を要求する出題が多いことが受験界ではよく知られている。
例えば,2013年度の入試問題に対する駿台予備学校のコメントは,

日本史について,「正誤問題には,問題の要求の明確さや選択肢の文章の厳密さに欠ける,錬度の低い出題が見られる。……受験生の学力・思考力を正確に把握できるような作問が望まれる」,
「正誤問題の作成にあたっては,問題文の厳密な吟味が不可欠であり,そのことが受験生の能力を正確に評価することにつながる」,
「時期の限定を厳密にすることにより,正確な解答が導ける精度の高い作問を希望する」などと酷評されている。

世界史については,「年代整序は,……相変わらず細かい年代を判断基準としている」,
「例年通り,正誤問題の文章表現が曖昧な場合がある。出題者には問題文・正誤選択肢をもっとブラッシュアップすると共に,歴史検定試験と大差ないクイズ型の出題ではなく,……受験生の思考力を問うような作問をしていただきたい」など,これも酷評されている。
また詳細な史実に照らして検討すると正解がない問題や複数の正解が存在するなど,予備校からたびたび出題ミスを指摘されてきた。それに比べれば,プレテストの問題は「良問」と感じられるのかもしれない。
しかし,上述のように,共通テストは高大接続改革の理念を具体化する重要な手段であり,プレテストは共通テストのための試行調査にとどまらず,各大学独自の入試問題の改革のモデルとして位置づけられているのである。早稲田の政経の入試問題と比べて良問か否かというレベルの話ではない。
プレテストに与えられた位置づけの重要性を考えれば,プレテストの問題の適否が高大接続改革の成否を左右するといっても過言ではないだろう。
田中氏の評価は別として,共通テストを改革の理念を具体化するものにするためには,試行調査としてのプレテストの問題の妥当性や,出題の意図が各設問に具体化されたかどうかを,受験生の解答や成績を冷静かつ客観的に分析し,そこから課題を学び取る必要がある。大学入試センターによるそうした分析が『第1回プレテストの結果報告』である。
『第1回プレテストの結果報告』は,プレテストの趣旨から始まって,各科目の成績結果とその分析,「実施面の課題検証とその解決に向けた分析・検討」,「2024年度以降を見据えて引き続き行う必要がある分析・検討」などからなり,122ページとかなりの大部である。そのうち77ページは「マーク式問題」についての「各科目の問題構成,設問数,内容等の在り方に関する分析・検討」に充てられている。
これらは非常に詳細で,受験生の感想も収録されていて,共通テストの出題を改革の理念を具体化するための参考資料となるものと評価できる。私は,この結果報告で得られた知見は当然,第2回のプレテストに生かされるものと考えていた。
第2回のプレテストは2018年11月に実施された。約5カ月後に公表された『大学入学共通テストの導入に向けた試行調査(プレテスト) (平成30年度(2018年度)実施)の結果報告』(以下,『第2回プレテスト結果報告』)によれば,全国の高校1,453校の2年生と3年生68,409人が受験し,うち世界史Bは2,725人,日本史Bが4,200人ということである。問題作成は,大学入試センターの「大学入学共通テスト企画委員会」に設置された「試行調査における問題調査研究部会 教科・科目等別ワーキンググループ(WG)」が担当し,「前回の試行調査の問題作成終了後7カ月〜1年程度かけて集中的に議論し作成した」という。
各WGは10〜20人で構成され,「大学教員等が約8割(うち約5割がセンター試験の作問経験者),高校教員等が約2割」で,問題点検は,センター試験の点検を担当している教科・科目第二委員会の委員から,各科目10名程度に依頼した」ということである。問題作成にあたって,『第1回プレテストの結果報告』では問題の難易度の設定について,「目標平均正答率は設定していない」とされていたが,第2回プレテストは「マーク式問題の目標平均得点率(平均正答率)を5割程度に設定した」となっている。
第2回プレテストの問題作成は,第1回プレテストの「問題作成終了後」に開始されたということなので,第1回プレテストの実施前に出題者が選任され,問題作成が始まったことになる。共通テストの試行調査なのだから,上述のように,第1回の結果の分析や反省に基づいて第2回の問題作成が行なわれるのだろうと,私は考えていたが,そうではないらしい。
時間的な制約から第1回プレテストの結果が出る前に,第2回の問題作成を開始しなければならなかったとしても,『第1回プレテストの結果報告』は3月の公表で第2回の問題の作成過程だから,常識的にはこの報告を受けて,問題作成方針や作成途中の問題の修正は可能なはずである。しかし,第1回の採点結果やその分析・出題の妥当性などの検討結果,すなわち『第1回プレテストの結果報告』で説明されているような知見を,第2回の問題作成にどのように生かしたかどうかについての言及はない。
『第2回プレテストの結果報告』にそのような言及がなくても,WGのメンバーはそのような作業をしたのかもしれないが,プレテストは共通テストだけではなく,各大学の入試改革のモデルとされているのである。したがって,第1回プレテストの経験に基づいて,第2回プレテストでは問題作成方針や出題形式をこのように変更した,その結果,第2回の成績は第1回に比べてこのように変化し,出題意図はより設問に具体化されるようになったといったことを記載するのが,大学入試センターの当然の責務ではないだろうか。
共通テストは高大接続改革において重要な位置を占め,プレテストは改革の理念を具体化する共通テストにするために実施されたのだから,テストの実施→採点結果の分析と課題の把握→改良したテストの実施→課題の達成度の検証という作業は不可欠のはずである。そうした作業から得られた知見についての説明が『第2回プレテストの結果報告』にないということは,この作業自体が行なわれなかったのではないだろうか。そして,第2回プレテストの歴史科目の問題を検討すると,残念ながら,この危惧が現実のものとなっていると評価せざるを得ないのである。
そこで,本稿では,プレテストの問題が高大接続改革の理念の具体化として,また各大学の入試問題の改革のモデルとして適切なものであるかどうかを検討していく。
実は,慶應義塾大学経済学部では,1990年代初めから,高大接続改革の理念に近い考え方に基づく入試改革とカリキュラム改革を実行してきた。したがって,プレテストの問題の妥当性の検討には,この入試改革の経験を参考にすることが有効である。
(2) 慶應義塾大学経済学部の入試改革
慶應義塾大学経済学部(以下では,たんに経済学部とする)の入試改革は,入試科目をそれまでの小論文に代えて世界史または日本史とし,その出題範囲を近代・現代に限定して,基礎的知識と体系的知識を問うことのできる入試問題にすることである。

この改革が意図したのは,社会科学としての経済学を学ぶうえで,近代から現代までの歴史に関する知識と問題意識を持つことは不可欠であるから,現代の経済や社会についての知識と問題意識,理解力や思考力をもった人に入学してほしい,
そのためには歴史科目の入試問題もその目的にかなうものにする必要があるし,さらに大学入学までにそのような学習をしてきてほしい,というメッセージを広く社会に発信する必要があるということである。
この入試改革との連動を意図したカリキュラム改革としては,新入生を対象とする「世界の経済」,「日本の経済」,「経済と環境」の3つの科目を新設し,現代の経済や社会について,多様な専門分野の専任教員がそれぞれの専門分野の垣根を超えて,入門的な授業を担当するというものである。
新しい入試制度の下で入学してきた学生に対して,その問題意識を発展させ,専門課程での学習・研究につなげるという目的である。
その後,入試制度も学部のカリキュラムも何度か部分的に変更されたが,基本的な理念と枠組みは現在まで継承されている。
私は,入試改革が始まった2年度目から歴史科目の入試問題作成に携わり,その後,断続的に問題作成および出題責任者として取りまとめ役も務めてきたが,改革の意図と理念を入試問題として具体化するのは簡単ではなかった。
史実の知識だけを問うのであれば問題作成はそれほど難しくない。しかし,理解力や思考力・判断力を必要とする問題とし,同時に入試問題としての必要条件である受験生の選抜能力を兼ね備えた出題をするのはかなり難しい。
もちろん出題ミスがあってはならないから,あらゆる可能性を想定して,ミスがないように細心の注意を払わなければならないのは当然である。
さらに,試験の実施から合否判定までの限られた期間で,公平かつ公正で効率的な採点ができるような問題でなければならないのである。
史実の知識を問う出題形式としては,文章中の空欄に当てはまる語句を選択させる空欄補充問題,設問の条件に合致する事項を選択させる事項選択問題などが多くの大学の入試問題で用いられている。複数の語句や事項を選択肢とし,受験生が正解と考える選択肢の番号を解答させる形式が,マークシートなどによる機械採点問題である。
選択肢ではなく,受験生に語句や文章で解答させ教員が採点する形式にすれば,設問の難易度はかなり上がり,知識の理解とともに思考力や表現力を評価しやすくなる。
ただし,この形式では,採点者の違いや同じ採点者でも評価にブレが生じる可能性があるから,公平かつ公正な採点ができるような出題と採点基準の設定が不可欠となる。
なお,経済学部では語句を記入させる問題を記述問題,文章を書かせる問題を論述問題と呼んでいる。
空欄補充や事項選択という出題形式は,教科書の記述を一部修正して提示し,語句や事項を伏せて答えさせればよいから,問題を作成するのが比較的容易である。
しかし,この出題形式は「史実の暗記」だけを要求する問題になりがちであるから,受験生の入試対策が進めば進むほど,基本的な史実の出題だけでは得点分布の標準偏差が小さくなって,選抜機能が有効でなくなる。
その結果,受験生の学力の平均が高い大学(いわゆる偏差値の高い大学)で選抜機能を確保するためには,教科書に記述がないような史実や細かい年代まで出題することになり,まさに「細かい史実の暗記」のみを問う入試問題になっていったのである。
そこで,経済学部の入試問題では,このような出題形式はできるだけ少なくし,教科書の記述の範囲内で受験生の史実の理解や読解力・思考力を評価するために,誤文選択という出題形式を多用するようにした。
これは,あるテーマに関する50〜100字程度の短文を選択肢としていくつか提示し,そのテーマの説明の文章として誤っているものを選択させる出題形式である。
史実の理解を前提とした時系列関係や因果関係についての誤りを作ることによって,受験生が解答するためには,文章を正しく読解し,史実の理解に基づいて正誤判断をするための思考力・判断力が必要となるのである。
ただ,この出題形式だけでは,史実だけでなく,教科書に記述のある時系列関係や因果関係までも暗記するという受験対策を促進しかねない。
経済学部の入試改革の目的は,現代の経済や社会についての知識と問題意識,理解力や分析力,思考力をもった志願者に入学してほしいということである。そうした能力をもつ志願者を選抜するためには,従来からの伝統的な出題形式はもちろん,誤文選択形式の出題だけでも充分ではない。
入試改革の理念の具体化という課題の解決のために,受験生の理解力や分析力,思考力を適切に評価できるような,新しい出題形式を考案することが必要になっていったのである。
現在,経済学部の独自の出題形式として受験界でよく知られているのが,
年代を伏せた年表を提示し,年代の暗記ではなく時系列関係や因果関係を判断基準として史実を解答させる問題,
教科書には掲載されていない文献資料を読解して,史実の知識・理解と照合しながら解答させる問題,
統計表やグラフの特徴を読み取って時期区分を特定し,その時期に関する史実や政治・経済・社会情勢,政府の政策などを解答させる問題などである。
こうした問題形式に,誤文選択や論述問題を組み合わせることによって,受験生の問題意識,理解力や分析力,思考力,表現力を評価できるようになったのである。
長年にわたって試行錯誤を繰り返しながら,こうした努力をしてきた結果,改革開始から10年あまり経ったころには,大手の予備校から次のような評価をされるようになった。
入試問題全体に対するコメントとしては,
「『大学入試のあるべき形』の具体的な姿をみせてくれる珠玉の問題の数々。昨今の政治情勢・社会情勢及び経済政策のあり方に、大学入試といえども看過せず、警鐘を乱打している歴史への洞察力も学び取りたい。」(日本史,駿台2013年度)
「『暗記型』ではなく『思考型』の入試問題であり,むしろ国公立大学の2次試験に近い。瑣末な知識の詰め込み能力ではなく,思考力や分析力,表現力を持つ学生を集めたいという経済学部の方針はすでに明確である。」(世界史,駿台2013年度)

経済学部の入試問題の受験対策としてのコメントは,
「現在の時点の問題を歴史的にとらえる出題が本学部の特徴でもあるので,時事問題についても興味関心をもち,日頃から新聞やニュースに触れ,その『定義・意義・問題点』を考えて整理する習慣をつけることも有効である」(日本史,駿台2007年度)
「教科書レベルの基本事項を確認し,その上で経緯や歴史的背景に踏み込んだ学習に取り組むことが必要」(世界史,駿台2007年度)
「入試の範囲に閉じこもらず,平素から,社会一般に広く関心を向けつつ『生きた日本史学習』を心掛けたい。」(日本史,河合塾2007年度)
「日頃から現代社会の諸問題に問題関心を持っておきたい。単なる暗記でなく,理解を重視した学習をすすめておきたい。」(世界史,河合塾2007年度)
これらのコメントでわかるように,経済学部の入試は,25年以上前から文科省の高大接続改革と同様の理念を掲げ,さらに10数年前からは,そうした理念を入試問題に具体化していると受験界から高く評価されるようになっているのである。
また,一部の予備校では,経済学部独自の出題形式に対応するための講座も開設されているそうである。その内容は承知していないが,入試改革の目的の一つでもあった,大学入学前に「現代の経済や社会についての知識と問題意識,理解力や思考力」を身に付けられるような学習をしてきてほしい,というメッセージが実を結びつつあるということかもしれない。
(3) 本稿の課題
文科省の高大接続改革(以下,たんに「改革」)において,共通テストはその理念の具体化の一つとされ,それは共通テストにとどまらず,各大学独自の入試も「学力の3要素」を評価する方向に転換することが求められている。
(1)で述べたように,「改革」の理念自体は有意義なものであるが,この改革が成功するか否かは,その理念をどう具体化するかに関わっている。
そこで,私の長年の経験に基づく入試問題作成のノウハウを,経済学部の中だけにとどめておくのではなく,各大学の入試業務関係者,高校教育界に広く発信していくことが必要であると考えるにいたった。
その発信手段として,本稿では2017年11月と2018年11月に実施されたプレテストの世界史Bと日本史Bの問題について検討し,私のノウハウに基いてコメントする。
検討内容は,「改革」の理念を具体化するものになっているか,言い換えれば,受験生の史実の理解に基づく思考力・判断力を評価するのに適切かどうか,そのうえで入試問題としての選抜機能を果たせるかどうかという視点からの出題の妥当性である。
検討結果については,プレテストの問題が,入試問題の草稿として出題メンバーから提出された場合,私が出題責任者・取りまとめ役の立場にあったとしたら,どのようなコメントをするか,必要ならばどのような修正案を提案するかという形式で述べていく。
「改革」は,大学入試だけでなく高校教育にも大きな影響を与えるであろうから,プレテストの問題の特徴やその問題点を知ること,いわば入試問題作成の舞台裏を知ることは,これからこの改革のもとで学習する高校生や大学入学を希望する受験生たちにとっても有意義であろう。
2017年度と2018年度の世界史Bと日本史Bの全問の検討結果は,下のリンクからPDFファイルでご覧ください。
検討には,受験生の多くが使用していると思われる教科書として,
世界史Bは,実教出版『世界史B』(以下,実教),帝国書院『新詳 世界史B』(以下,帝書),東京書籍『世界史B』(以下,東書),山川出版社『詳説 世界史B』(以下,山川),
日本史Bは,実教出版『日本史B』,東京書籍『新選日本史B』,山川出版社『詳説 日本史B』を基本的な参照文献とし,
必要に応じて山川出版社『世界史B用語集』・『日本史B用語集』(以下,用語集),岩波書店『世界史年表』・『日本史年表』,『ブリタニカ国際百科事典』,旺文社『世界史事典』・『日本史事典』,小学館『日本歴史大事典』や,インターネット上に掲載されている信頼性が高いと思われる資料・情報を参照した。
2017年度の世界史Bの問題は48ページ,日本史Bの問題は39ページ,2018年度はそれぞれ34ページ,30ページと大部なので,問題文は出題内容を理解するために必要な部分だけを引用する。
問題全文と正解,問題のねらい,成績統計などは大学入試センターのウェブサイト(https://www.dnc.ac.jp/)で入手可能なので,参照していただきたい。
なお,私の入試問題作成のノウハウは,私個人の経験の積み重ねに基づいているもので,経済学部としての公的なものではないし,本稿も慶應義塾大学を定年退職した私が個人の立場で発信するのであって,学部が公式に関与しているものではないことをお断りしておく。
なお, 2018年のプレテストの『採点結果報告』が2019年4月4日に公表され,4月5日付の朝日新聞朝刊に,この報告についての「中央教育審議会長として高大接続改革の議論を主導した安西祐一郎氏の話」が掲載された。
安西氏のコメントは,主として,『採点結果報告』が,2017年実施のプレテストでは国語と数学の記述問題の正答率が低かったことから,2018年度では解答の字数の削減やヒントの提示など,「解答条件の改善」を図った結果,正答率は上昇したと述べていることに対するものである。
本稿の内容とも関係する安西氏のコメントとその問題点はこちらをご覧ください
この「はじめに」のPDFファイル版
I 2017年度プレテスト世界史Bの検討結果(PDF)
II 2017年度プレテスト日本史Bの検討結果(PDF)
III 2018年度プレテスト世界史Bの検討結果(PDF)
IV 2018年度プレテスト日本史Bの検討結果(PDF)
現在,私の入試問題作成の経験を基にした「入試問題の作り方」を世に出すべく,原稿を執筆中です。第2部にプレテストの検討を収録するので,この「私見」もほぼ全面的に修正中です。その修正結果を「はじめに」に反映させるために加筆・修正しました(2020年2月14日)。
新著の原稿はほぼ完成し,その原稿内容に合わせてT〜Wの内容を修正しました(2020年3月13日)。
「入試問題の作り方― 思考力・判断力・表現力を評価するために」を幻冬舎から出版しました(2020年12月24日)。

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