入試問題の作り方
― 思考力・判断力・表現力を評価するために ―
延 近 充
幻冬舎,2020年12月刊,定価1,200円(税別)
本書に関連して取材を受けた東海TVの放送(2022/3/13)
2020年12月1日公表
本書の特徴
本書は,私が慶應義塾大学経済学部(以下,経済学部)の入試のうち,一般入試の歴史科目(世界史と日本史)の出題を長年にわたって担当してきた経験を基礎として,大学入試問題の作り方のマニュアルを提供することを目的としている。本書を執筆しようと考えた理由は以下の3つである。
(1) 各大学の入試問題作成者に私の経験から得たノウハウを提供し,入試問題作成のための負担とリスクを軽減すること。
(2) 文部科学省(以下,文科省)が現在進めている「高大接続改革」の一環としての大学入試改革について,入試問題作成という「現場」における対応策を提示すること。
(3) 大学入試の受験生(高校生や浪人生)と,受験生を指導する立場の高校教師や予備校・学習塾の教師の人たちに,入試問題の作り方を提供することによって,大学入試改革への対策に役立ててもらおうと考えたこと。
文科省の「高大接続改革」とは,高校・大学教育において,「学力の3要素」(1.知識・技能,2.思考力・判断力・表現力,3.主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度)を育成・評価することを理念としている。その重要な手段が大学入学共通テスト(共通テスト)である。
共通テストは,暗記力の評価に偏りがちだった大学入試センター試験に代わって,思考力・判断力・表現力を評価できるテストとされ,これによって,高校教育と大学教育をそのような能力を育成する方向に改革しようとする目的をもっている。
さらに,国公立大学はもちろん,各私立大学の入試問題も共通テストと同様に,思考力・判断力・表現力を評価できるものに改革するよう,求められている。
実は,経済学部では1990年代初めに入試改革を行なって以来,試行錯誤しつつ,歴史科目の入試問題をたんなる史実の暗記問題ではなく,受験生の思考力・判断力・表現力を問えるものにしてきた。
近年の経済学部の入試問題についての予備校の評価をいくつか挙げておく。
「大学入試のあるべき形」の具体的な姿をみせてくれる珠玉の問題の数々。……かつて『未来は歴史の応用問題』を掲げた慶應経済らしく,……昨今の政治情勢・社会情勢及び経済政策のあり方に,大学入試といえども看過せず,警鐘を乱打している歴史への洞察力も学び取りたい。(駿台,2013年度日本史)
出題内容を概観しただけでも,現在,何が問題になっているのかが把握できる良問揃いである。……受験勉強といえども,現在を理解するために不可欠な存在として,歴史を勉強するということの大切さを改めて確認させられるものである。(駿台,2014年度日本史)
早慶入試に多い難問奇問がほとんどないという意味では「易しい」が,史料や地図,統計グラフから歴史的な意味を読み解き,論じなければならないという意味では極めて「難しい」。「暗記型」ではなく「思考型」の入試問題であり,むしろ国公立大学の2次試験に近い。瑣末な知識の詰め込み能力ではなく,思考力や分析力,表現力を持つ学生を集めたいという経済学部の方針はすでに明確である。」(駿台,2013年度世界史)
つまり,25年以上前から「高大接続改革」と同様の理念を掲げ,その理念を入試問題として具体化してきたのである。
では,共通テストは「高大接続改革」の理念をどのように具体化しようとしているのか。それは,2017年11月と2018年11月の2回にわたって実施された共通テストの試行調査(プレテスト)の問題でうかがい知ることができる。
私がプレテストの問題を検討したところ,たしかに,「学力の3要素」の第2の要素や第3の要素を問うことを意図して,過去のセンター試験には見られなかった新しい出題形式や出題内容がいくつも採用されている。
しかし,一部に思考力・判断力を必要とする良問も見られるものの,たんなる史実の暗記問題も少なくなく,正解なしや正解が複数ある出題ミスの疑いが濃い設問,解答を導く限定条件の不備のために正解することが困難な設問,不適切または誤った理解や考え方を発信しかねない悪問が多数見られた。
このような問題点を抱えたプレテストの出題形式や出題内容が,2020年度からの共通テストにも受け継がれ,さらに各大学の入試問題のモデルとされれば,「高大接続改革」の理念に逆行することになり,高校教育や受験生の学習を混乱させ,悪影響を及ぼしかねないという危機感を抱いたのである。
そこで,私の入試問題作成のノウハウをマニュアルとして紹介するだけではなく,そのマニュアルを基礎としてプレテストの問題を検討した結果を紹介し,プレテストの問題点を明らかにする必要があると強く感じるに至ったのである。
これは,大学の入試問題作成者はもちろん,共通テストの受験対策をせまられている受験生・高校生,高校教育に携わる人たちの参考になるはずである。
なお,本書は歴史科目の大学入試問題を対象としているが,地理や政治経済など地歴・公民系の科目,2022年度から導入予定の歴史総合科目はもちろん,国語や理数系の科目においても出題のノウハウの基本的な部分は利用できるだろう。難易度を調整すれば,高校までの入試問題の作成にも役に立つはずである。
本書第1部の入試問題作成マニュアルでは,マニュアルの実践例として,主に私が過去に作成した問題を例題として紹介し,その出題意図や解答のための思考プロセスを解説する。これらは,もちろん「高大接続改革」の理念を入試問題として具体化するために必要な「現場の実務マニュアル」となる。
また,受験生・高校生にとっても,共通テストおよび各大学の入試の受験勉強の参考になるはずである。
受験勉強としてもっとも効果的な方法は,自分で問題を作ってみることである。自分で問題を作ろうとすれば,何を出題すべきなのか,どのような形式で問題を成立させれば適切なのかを考え,さらに史実の理解に基づいて,複数の史実の時系列関係や因果関係・相互関係などを考えなければならないからである。
与えられた問題に解答するよりも,まさに,理解力,思考力・判断力・表現力が育成されるのである。
第2部では,第1部のマニュアルを基礎として,プレテストの設問をケース・スタディとして取り上げ,入試問題としての妥当性を検討する。その際,必要に応じて,歴史の理解とともに,知識に基づいた思考力・判断力・表現力を育成・評価することのできる修正案を提示する。
このケース・スタディは,文科省の入試改革の理念を反映した出題を意図する各大学の入試問題作成者はもちろん,高校教育に携わる人たちにとっても生徒の指導の参考になるはずである。そして,文科省の入試改革の混乱(2019年11月の英語の民間試験導入の延期,12月の国語と数学の記述式問題導入の見送りなど)に翻弄されつつ,共通テストの受験対策をせまられている受験生・高校生にとっても参考になるだろう。
本書の特徴と意義について,より詳しくは「本書の構成と序文」のPDFファイルをご覧ください。
本書の構成
はじめに
(1) 入試問題作成の負担とリスク
(2) 文科省の高大接続改革とは
(3) 受験生の学習にとっての本書の意義
(4) 慶應義塾大学経済学部の入試改革
第1部 入試問題作成マニュアル
T.入試問題作成の基本方針の設定
(1) どのような受験生を選抜するか
(2) 経済学部が望む受験生を選抜するための入試問題作成の基本方針
@ 教科書に記述のある基本的な知識の習得
A 歴史のダイナミズムの理解に基づく知識の習得
B 現代社会の諸問題とその背景となる歴史への問題関心
C 経済学部の学生として求められる能力の評価
D 社会へのメッセージとしての入試問題
E 適度な難易度による成績の分散
F 公平・公正で効率的な採点が可能な問題
G 出題の意図の成否を検証できる成績統計の作成
U.テーマの設定と出題内容の決定方法
V.入試問題の種類― 機械採点問題と記述・論述問題
(1) 機械採点問題の特徴
(2) 記述・論述問題の特徴
W.機械採点問題の作成
(1) さまざまな出題形式の特徴と問題作成の留意事項
@【空欄補充】 [例題1]
A【事項選択】 [例題2, 3]
B【誤文選択】 [例題4〜7]
C【正誤判断】
D【並べ替え】 [例題8]
E【年表挿入】 [例題9]
F【資料(史料)提示】 [例題10]
G【統計データ提示】 [例題11]
(2) その他の留意事項
@ 特定の会社の教科書だけに依拠しない
A 解答番号の桁数を統一する
B 正解の番号に極端な偏りがないようにする
C 問題構成リストを作成する
X.論述問題の作成と採点基準の設定
(1) 論述問題の作成方法
@ 機械採点問題の論点の利用 [例題12]
A 資料や統計データの利用 [例題13]
(2) 論述問題作成の留意事項
@ 何を解答させるのかを明確にすること
A 明確な採点基準の設定を可能にすること
(3) 公平・公正な採点基準を設定できる論述問題の作成方法
@ 解答例に基づく設問文の作成
A 解答条件に基づく採点基準の作成 [例題14,15]
B 難易度の調整方法 [例題16〜18]
C 受験生個人の見解や感想を許容する表現を避ける [例題19]
Y.作成した問題の妥当性のチェック
(1) 出題者グループとしてのチェック作業
(2) 第三者によるチェック [例題20]
(3) 校正・印刷時の最終チェック
Z.採点作業
(1) 仮採点―採点基準案の妥当性の確認 [例題21]
(2) 予備採点と本採点
[補足]大学入学共通テストにおける記述式問題導入の最大の問題点
第2部 大学入学共通テスト試行調査(プレテスト世界史B・日本史B)の検討
T.プレテストの検討の意義
U.プレテスト(世界史B・日本史B)の問題点
(1) 問題分量
(2) 問題構成
(3) アクティブ・ラーニング(AL)の設定
@ ALの設定自体の不適切さ[ケース・スタディ1]
A 生徒の「仮説」や「推測」に基づく設問
1.生徒の「仮説」の不適切さ[ケース・スタディ2,3]
2.生徒の「仮説」や「推測」を正誤判断させる設問の問題点[ケース・スタディ4〜10]
B 教師と生徒の議論・会話文による設問 [ケース・スタディ11,12]
(4) プレテストの入試問題としての妥当性
@ 選択肢の正誤を判断させる出題形式の問題点
1.不明確な正誤判断の基準[ケース・スタディ13,14]
2.正誤判断の選択肢の短さ [ケース・スタディ15, 16]
3.文章表現だけで正誤判断できる選択肢 [ケース・スタディ17]
4.正誤判断(組合せ)形式の難点 [ケース・スタディ18, 19]
A 統計データを提示した設問の問題点 [ケース・スタディ20〜22]
B 経済史や経済学分野の認識不足 [ケース・スタディ23〜25]
C ケアレス・ミスと設問の不備 [ケース・スタディ26,27]
D 出題者・問題点検者の認識不足? [ケース・スタディ28]
(5) 歴史における思考力・判断力とは?
@ 思考力・判断力のある受験生が不利になる設問 [ケース・スタディ29]
A 思考力・判断力の育成・評価の意図がない設問 [ケース・スタディ30〜32]
B 時系列関係を把握する思考力・判断力とは? [ケース・スタディ33〜37]
(6) 入試問題のあるべき姿を具体化するために [ケース・スタディ38]
本書の直接販売のお知らせ(2021/3/5)
本書の発行から2カ月余りたちましたが,売れ行き好調のようで,Amazonでは3月5日現在で新刊・中古本ともに定価の2倍以上の価格で販売され,その他のネット通販でも品切れが多くなっているようです。
著者納品分が8冊残っていますので,税・送料込みで1冊1,500円で販売いたします。
購入を希望される方はこちらのアドレス宛に,氏名,住所(送り先),郵便番号,電話番号,購入希望冊数を記して,メールでお申し込みください。
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5月24日現在の残部は1冊です。ご希望の方はお早めに!
著者納品分は完売しました(7月2日)。
電子書籍版の配信が始まっていますので,こちらをご利用ください。
なお,現時点で重版の予定はありませんが,書店などを通した注文が多ければ増刷される可能性はあります。
紙版をご希望の方は書店または出版社に注文をお願いします。
本書の電子書籍版配信開始のお知らせ(2021/6/30)
本書の発行から6カ月余り,売れ行き好調のために,書店でもネット通販でもほとんどが品切れとなっています。Amazonでは新刊・中古本ともに定価の2倍以上の価格で販売され,それでも注文があるようです。
売れ行き好調とはいえ,出版社の重版条件には達していないようですので,本書を必要とされる方が定価で入手困難な状況が申し訳なく,追加費用を負担して,電子書籍化をお願いしました。
6月30日から電子書籍版(税込みで1,056円)の配信が開始されましたので,お知らせいたします。
- 本書についての講演要旨(2022/2/14)
- 2021年6月12日に,愛知県世界史教育研究会の依頼により本書についての講演を行ないました。講演内容の要旨をアップしました。
ご覧になるとわかると思いますが,大学入試の出題ミスの原因・防止策について短い時間で要点を的確に説明されています。
ただ,メインキャスターは経済学部の出題ミス防止策が説明された後に,「これだけやってても,まだミスが出る。何でですかねえ?」とコメント。
違います。経済学部のようなチェックをしてないからミスが出たんです。
また,名大の入試問題が暗記問題だとコーナーの冒頭と締めの2度にわたって疑問を呈していますが,主題は出題ミスの原因と防止策であって,論点が違います。
暗記力重視の入試問題に強い関心がおありなら,私の紹介で著書の画像に副題「思考力・判断力・表現力を評価するために」とあったのですから,そちらに着目すべきでした。
本書で述べたように,経済学部は20年以上前から暗記力ではなく,思考力等を評価するための入試問題を出題してきたのですから。
さらには,番組の打ち合わせの際に,取材したスタッフに確かめ,主題を思考力を問う入試問題に置き換えることもできたはずです。
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