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(※注 以下、順位、タイトル、ニュース記事、解説の順で並んでいます)
第1位
ダメな銀行はつぶすに限る
 伊藤隆敏一橋大教授、深尾光洋慶大教授ら経済学者七人が四日、「日本の金融システム再建のための緊急提言」を発表した。不良債権処理で資本不足に陥った銀行に対し、「はじめに公的資金ありき」ではなく、まず市場で資本を調達するよう強制する点が特色。調達できない銀行には一時国有化や市場からの退出を求める一方、自力で調達した銀行には公的資本による資本増強を認めるよう求めた。
(日本経済新聞10月5日朝刊)
 
 景気後退が色濃くなってきた最近の日本経済だが、これ以上悪くせず、かつ将来に向けて日本経済をよりよくするには、どのような政策が必要だろうか。それを、この緊急提言では強く打ち出している。景気が後退すれば、銀行が不良債権を処理した端からまた新たな不良債権が出てくることになって、いつまでたっても金融システムが健全にならない。
 実は、この提言の内容は、提言者の経済学者がすでに数年前から言い続けていることでもある。経済学者が主張する内容が数年前と変わらないということは、それだけ日本の金融界は構造改革を怠ってきたことの証でもある。もう景気が後退し始めている今日、自力で健全に経営できない銀行を解体(一時国有化)するのに、残されている時間は極めて少ない。不健全な銀行を政府や市場でコントロールできるうちにつぶさなければ、1997年の金融危機かそれ以上の悲劇が、再び日本経済を襲うことになる。その悲劇だけは、是非とも避けたい。
 
第2位
早急な不良債権処理に不退転の決意で望め
 金融庁は大手銀行の不良債権残高が「今後三年間は横ばい、七年後に半減」としている不良債権処理のシナリオを修正し、二〇〇四年度末の残高を二〇〇〇年度末の一八兆円のおよそ三分の二に当たる一二兆−一三兆円に減らす方針を明示する。小泉純一郎首相が「遅くとも三年後には不良債権問題を正常化する」と表明したのを受けたもので、当初シナリオの処理ペースが「遅すぎる」と批判を浴びたことに対応する。
(日本経済新聞10月10日朝刊)
 
 先の経済学者の緊急提言を知ってか知らずか、金融庁が銀行の不良債権処理のスピードを早めるシナリオを用意した(ただし、ここで打ち出した金融庁のシナリオと先の経済学者の緊急提言との間には、現状認識や考え方にまだ大きな隔たりがある)。早急な不良債権処理が今後の日本経済に明るい見通しを与えて株価が上がるという話は先月のこのコーナーで述べた通りである。それとともに、金融システムを健全化して安定的にできるメリットはきわめて大きい。日本で新たにビジネスを起こしたい人がそれ相応のリスクを負いつつも十分に資金を借りられるようにするには、今のように銀行が不良債権を抱え続けていてはならない。
 不良債権を早急に処理できる銀行は、バブル崩壊以降にそれだけ健全な貸し手に融資して利益を上げることができた銀行である。不良債権が容易に処理できない銀行は、相変わらず不健全な貸し手に融資して、不良債権を処理した端からまた新たに出てくるわけである。金融庁は、不良債権処理のスピードを早める決意を示した。しかし、その程度でとどまるのではなく、不良債権処理が進まない銀行は積極的につぶす(一時国有化する)決意も併せて示し、日本経済の将来が明るくなるよう貢献してもらいたい。
 
第3位
債務超過になるまで営業を続けてはいけない
 三井松島産業の子会社で九州最後の炭鉱、池島炭鉱(長崎県外海町)を運営する松島炭鉱(福岡市)は12日に福岡市内で臨時経営協議会を開き、労組に対し11月29日付で同鉱を閉山し、協力会社を含め従業員1114人(9月末現在)を解雇することを正式提案した。
 同社の田代勉社長は会見し、閉山理由を「安い海外炭との競合に加え昨年2月の坑内火災で、採算ラインの年間120万トンの維持が不可能になった」と説明。2001年3月期に54億円の債務超過に陥っていることを公表した。閉山に伴う残務処理の後に同社は清算される見通しだ。
(NIKKEI NET/10月12日)
 
 日本のエネルギー供給は、1950年代に石炭から石油に転換した。それから約半世紀が過ぎた。日本の石炭産業は、約半世紀も前から衰退産業である。それでも、日本に炭鉱はまだ残っている。この炭鉱が、需要があって収益を上げているならば、残っていて当然である。しかし、日本の炭鉱のほとんどは採算が合わず、中には借りたお金が返せない債務超過状態に陥っている。借りたお金が返せないという経済取引のルールに反することまでして、炭鉱を残す必要は全くない。
 この話は、何も炭鉱に限ったことではない。海外からの安い製品に対抗できる魅力を失った製品を、採算を度外視して半ば惰性で作り続けている企業の中には、既に債務超過になっている企業がいくつもある。そうした企業が借りたお金をきちんと返せないために不良債権処理がなかなか終わらない。不良債権処理に伴う企業の倒産・清算という「冬」は厳しいかもしれないが、日本経済が活力を取り戻す「春」がまた来ることを思えば、いまは採算が合わず将来の収益も期待できない企業をつぶしたうえで、(そうすれば早く来る)「春」を待つときである。
 
第4位
小泉首相、前言を覆すな!
 小泉首相は12日夜、今年度の国債発行を30兆円以下に抑える目標について「私が内閣を引き受けた時点と現在は様変わりだという認識を持っている」と述べ、テロ対策などの財源を調達するために補正予算編成でたとえ「30兆円枠」を突破しても容認する考えを示した。首相官邸で記者団に語った。国債発行枠には財政構造を改革するねらいがあったが、今年度の税収が1兆円余りも減る見通しとなったことや、テロ対策など緊急課題に対応するため、突破もやむを得ないと判断したとみられる。
(朝日新聞ホームページ10月15日)
 
 小泉内閣発足時には予測できなかった同時多発テロ事件が起き、聖域なき構造改革が売り物だった小泉内閣も、聖域なき構造改革以外の仕事をしなければならなくなった。もちろん、テロ対策などのために追加的な財政支出は必要になるだろうし、テロ事件以降の急速な景気後退で税収がさらに減少することになるだろう。したがって、国はさらに借金をしてでもこうした状況を乗り切らなければならない、と小泉首相は言いたげである。
 「30兆円枠」を突破するか否かは、突破するのがよいか悪いかという財政政策の選択だけでなく、一度公約した(コミットした)ことを覆すか否かという選択でもある。私は、この30兆円枠の突破は後者の意味でよくないと考える。なぜなら、30兆円枠の突破は、一度公約したことを覆す結果となり、小泉首相の発言の信用性(経済学では「信認」という)が失われるからである。こうした朝令暮改は、首相の信認を著しく失墜させるものである。今後、小泉首相がどれほど格好よく新たな政策を打ち出しても、果たしてどれほど信用できるだろうか。政策を実行するには、発言の信認も重要である。政府が意図している効果が生まれるよう政策を実行する際に、「首相の発言は信用できない」となれば、意図した経済効果が得られない可能性がある。そうなれば、日本経済をよくすると期待できる新たな政策も、日本経済をよくできなくなる。その意味で、首相は前言を覆すべきではない。
 
第5位
今年のノーベル経済学賞
 スウェーデン王立科学アカデミーは十日、二〇〇一年のノーベル経済学賞を米クリントン政権で大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を務めたジョゼフ・スティグリッツ米コロンビア大教授(58)と、ジョージ・アカロフ米カリフォルニア大バークレー校教授(61)、マイケル・スペンス米スタンフォード大教授(58)の米国人三氏に授与すると発表した。ミクロ経済分野の理論である「情報が不完全な市場での経済均衡」についての業績を評価した。
(日本経済新聞10月11日朝刊)
 
 中古車を買いたい人が中古車販売店に行って、どういう中古車を選ぼうとするか。企業が新たに従業員を雇おうとするとき、就職希望者の中から誰を選ぼうとするか。こうした問題は、経済学では非対称情報の経済学として研究されている。つまり、買い手(中古車を買いたい人や企業の人事担当者)が持っている情報と、売り手(中古車販売店や就職希望者)が持っている情報が同じではない(これを経済学では「非対称」という)場合、その両者の間で交わされる経済取引は単純ではない。通常、売り手の方が、取引されるもの(中古車や従業員の労働力)についての情報を、買い手より多く持っている。だから、極端に言えば、売り手は買い手をわざとだましてもうけようとする。例えば、中古車は、本当は事故を起こしてエンジンがおかしいと売り手は知っているのに、買い手には黙って「いい車だ」といって高値をつけて売る。本当は仕事の能力がないと知っているのに、「私は仕事がよくできる」といっていい給料を得られる職に就く。
 しかし、世の中はそう甘くはない。買い手だってだまされたくはないから、何とかして売り手だけが知る本当の情報を引き出し、まっとうな値段で買おうとする。例えば、その中古車のエンジンの性能について公的に認められた検査の結果を見せてもらうとか、どんな資格試験に合格したかを問うとか、売り手の情報を引き出す努力をする。今年のノーベル経済学賞を受賞した3人の経済学者は、こうした情報が非対称な状態で取引される際、売り手や買い手はどのように振舞い、買い手はどういう方法で売り手だけが持つ情報をうまく引き出すかについての研究に端緒を開いたのである。そのお蔭か、我々の日常の経済取引では、情報が非対称な状態でもだまされないで済んでいる、のかもしれない……
 
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