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(※注 以下、順位、タイトル、ニュース記事、解説の順で並んでいます)
第1位
反グローバリズム派の手に乗ってはいけない
 反グローバリズム派の抗議行動が繰り広げられていたジェノバ・サミット(主要国首脳会議)で20日、とうとう死者が出た。10万人規模といわれる大抗議デモとこの流血の惨事が、サミットを大きく揺さぶっている。反グローバル派勢力との対話や、主要国側自身にグローバル化の負の側面に取り組むよう求める議論が、首脳たちからも噴き出した。
(朝日新聞7月21日夕刊)
 
 反グローバリズム派は、世界経済が市場経済化することによって貧富の格差が拡大したり地球環境が悪化することを懸念して、グローバリズムに反対する勢力である。確かに、いわゆる「グローバリズム」=アメリカ化という側面は否定できないし、死者が出たことは遺憾だが、安直に反グローバリズムの意見を聞くべきではない。
 市場経済化がよくないというなら、それに代わる経済体制はあるのか。答えは否である。20世紀の歴史が示すように、社会主義・共産主義は貧富の格差を是正することも目指していたが、ソ連などの社会主義国で起こったことは貧富の格差の拡大と環境悪化だった。協同主義など「市場での競争」に反感を持つ考え方も、結果的には社会主義・共産主義の化身にすぎない。結局、人々のモラル・ハザードや怠慢や腐敗を防ぐには、市場での競争による規律づけしかない。市場での競争は弱肉強食であるが、弱者には市場での競争で得た経済全体での利益から一部を再分配するというセーフティネットを用意すれば十分である。
 反グローバリズム派のデモで、サミットの開催のあり方も問われているが、サミット開催を従来通り行えないようでは、反グローバリズム派の思うツボである。その意味でも、彼らの意見を安直に聞き入れるべきではない。
 
第2位
NTTの経営合理化は、日本のIT化を促す
NTT東西、10万人削減――料金引き下げ、高まる減収圧力。
 NTT東西を取り巻く経営環境は一段と厳しさを増している。
 昨年度の市内電話などの料金引き下げによる減収額は計三千億円に上った。今年に入ってからも、将来のドル箱と期待していた光通信サービスやADSL(非対称デジタル加入者線)サービスの料金引き下げに追い込まれた。両社の今年度の経常損益は合計で五百七十億円の赤字となる見通し。来年以降には日米間の回線接続料金引き下げ交渉も始まる予定で、減収圧力は高まっている。
(日本経済新聞7月12日朝刊)
 
 NTTがさらなる経営合理化に重い腰を上げた。特に、雇用削減について言及したのは重要だ。なぜならば、NTTの雇用者は、電電公社以来、民営化されて現在のNTT法上でも公務員に準ずる扱いとなっていて、普通の民間企業のように人員整理ができないからである(ちなみに、NTTの職員がほかの人から現金などを受け取り便宜をはかると、公務員と同様「収賄罪」で逮捕される。1988年のリクルート事件はその一例である)。
 我々がインターネットをするうえで高い通話料を払わなければならないのは、これまでNTTの通話料や回線接続料をなかなか下げなかったのが大きな原因で、それはNTT内部の雇用問題(必要以上に人件費がかかっている)があったからとも言われている。そんなことで日本のIT化が妨げられたのでは、つまらない話である。アメリカのIT化が安い電話代によって促されたことを知れば、NTTの積極的な経営合理化で電話代がさらに下がれば、日本でもIT化がさらに進むに違いない。その恩恵は、広く我々が享受できるのである。
 
第3位
アメリカに見る労働者=消費者という意識
 全米で三千四百万人の会員を擁する米退職者協会が米フォード・モーターの雇用関係の訴訟で従業員側の支援に乗り出した。不買運動に発展する可能性もあり、フォードは警戒感を強めている。
(日本経済新聞7月10日夕刊)
 
 日本では考えられない話だが、アメリカでは労働者は企業(生産者)の側の人間というより、消費者という意識が強い。実際、アメリカでの消費者団体は政治力を持ち、消費者保護についての要求を強い政治圧力で実現させている。もし雇用環境について労働者に不利なことがあれば、ストライキなどによって労働者が企業と内輪で対決する方法もさることながら、労働者が消費者の立場として不買運動などで企業と対決する方法も用いるのである。こうして、労働者と企業の間に互いが対等な立場で改善しようとする緊張関係が生まれている。
 これに対して、日本では、従業員は会社の人間であり、消費者という意識が希薄である。だから、労働者が企業に待遇改善を訴えるには、労働者が生産者側の人間として企業と内輪で対決する方法しか用いられず、労働組合は「御用組合」と化してしまっている。しかし、日本でももはや「終身雇用」は終わりを告げつつあり、会社が雇用を守ってくれる状況ではなくなった。これとともに、従業員は会社の人間であり、会社のために働くという構図も今後廃れるだろう。だから、我々も、労働者はひとりの消費者であることを自覚しなければならない。
 
第4位
銀行は名寄せもしていないのか
 預金保険機構は二○○二年四月のペイオフ(預金などの払い出し保証を一定額までとする措置)凍結解除を控え、金融機関による準備状況の一斉聴き取り調査に乗り出した。同じ金融機関に複数の口座を持つ預金者を特定し、預金口座の名寄せを円滑に進めることができるかどうかを中心に調べる。
(日本経済新聞7月20日朝刊)
 
 名寄せとは、同じ金融機関に別々の口座を持っている同一の個人や企業について、これらの口座を同一視することである。日本の銀行では、同一の個人や企業でも、別の口座を開設するときはあたかも別人として開設できるから、銀行が自主的に名寄せをする必要がある。しかし、現時点では一部の銀行で名寄せが完全にはできない状況にある。
 名寄せが必要な理由は、銀行が破綻したときにペイオフが実行されると、1000万円以上の預金を持つ者に対しては、1000万円以上の分の一部ないしは全部が払い戻されない可能性があるためである。つまり、多くの預金を持つ者がわざと別々の預金にして誤魔化してこのペイオフのルールをかいくぐって預金を不当に払い出そうとするのを避けるためである。預金は、銀行にとって負債(預金者から借りたお金)であるから、銀行が誰からお金を借りたかぐらい、きちんと管理できていて当然である。それがいまだにできていない銀行があるとすれば、銀行として失格である。
 ちなみに、アメリカでは、社会保障番号(social security number: SSN)が各個人に与えられ、この番号を提示しなければ口座が開設できない。だから、アメリカの金融機関にとってSSNを使えば名寄せは簡単にできる。銀行の名寄せに限らず、脱税を防ぐためにも、日本でも納税者番号を早期に導入すべきである。
 
第5位
食糧安保はエネルギー安保や国防と同等に考えよ
 でも食糧自給率100%はとてもムリでしょう。当面は45%、将来は50%が目標ですが、限度がある。食糧の安全保障という観点からは、国際的な食糧の集団安全保障政策も必要だと思っています。例えば国際的な備蓄です。
(週刊東洋経済6月30日号)
 
 これは、武部農林水産大臣がインタビューに答えたものである。明日食べる食糧が国内で生産できないと、突然外国からの食糧の輸入が途絶えたら生きていけなくなる、という強迫観念が日本人にはあり、日本では食糧安保論が根強く支持されている。たしかに、一理あるが、よく考えれば、石油だって同じではないか、と考える日本人は少ない。明日使う石油が国内で生産できないと、突然外国からの石油の輸入が途絶えたら生きていけなくなる、という認識は、食糧に比べれば希薄である。さらには、国を守る備えが国内にないと、突然外国から武力で攻め込まれたら生きていけなくなる、という認識はもっと希薄である。
 日本人は農耕民族だから、イネには親近感が湧くから食糧安保は重要だとし、石油や武器には親近感が湧かないからエネルギー安保や国防(安全保障)は二の次とする考え方は、経済学的に見てまったく受け入れられない。現在において、食糧の海外からの輸入が途絶える可能性(確率)は、石油の輸入が途絶える可能性や外国が武力で攻めてくる可能性と比べて同じぐらい低い(否、後二者よりも確率は低いかもしれない)。確率が低いから備えなくてよいというわけではないから、食糧安保もエネルギー安保も国防も同等に扱って、日本国民として備えなければならない。食糧安保だけを重視すると、農家の補助金獲得に格好の口実を与えるだけである。
 
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