2019年度(令和元年度)報告

・ 研究実績の概要

理論研究:前年度から行なっていた理論論文の改訂は2つの論文に分けて、ナッシュ均衡の存在だけを扱った論文と、進化的安定性を扱った論文にする方向で進めた。進化的安定性の論文では寛容均衡だけでなく、対照的2戦略均衡という協力的なプレイヤーと利己的なプレイヤーしかいないものも分析でき、しかもこれがもっとも安定であるという結論が出た。このとき使用する安定性概念として、スタンダードな概念である中立的安定性を多数戦略均衡に適用することにも成功した。この部分についてグレーヴァが進化ゲーム理論の国際学会において招待講演を行った。また寛容均衡のロジックは段階ゲームが囚人のジレンマでなくても成立することが明らかになり、一般の社会ゲームの分析の糸口となることがわかった。

国内実験論文執筆:理論論文が主張している、多様な戦略の共存、マルコフ的ではない行動パターン、裏切られたらやめるという行動(パートナーシップを続けて利己的に行動するのではない)などがデータから見られることがわかった。これらはどれも通常の繰り返し囚人のジレンマ実験で支配的に観察されるものとされていたので、自発的に続けるという環境が本質的に異なる行動を誘発していることがわかった。また、理論では結論が出ていなかった、自発的継続囚人のジレンマで協力率は高まるのか、という最大の問題については、高まるという結論に至った。その理由は関係が継続するということそのものがお互いの協力を助長しているからのようである。この現象は寛容均衡では出てこないので、理論の新たな課題となった。戦略分布の分析においては、VSRPDのみならず GE (通常の繰り返し囚人のジレンマにランダムに2ペア壊す構造を加えたもの)とGESL (GEに「やめます/続けます」というチープトークを加えたもの)の戦略群の最尤法分析も行った。VSRPD については、理論値そのものとは異なるが、寛容均衡の6つの均衡戦略に「内的バランス」があるという、非常によい結果を得た。3期間の行動履歴パネルによる戦略分布の計算も、最尤法とそろえて最初の3期間のデータを除いたものでやり直し、全データの分析とほぼ同じ結果を得た。

国際実験:2019年9月8日にバンコクのモンクット王工科大ラートクラバン校(King Mongkut's Institute of Technology Ladkrabang)にて実験を行なった。順番は、 GE(14回), GESL(22回), GV (27回)。 9月11、12日にはイスラマバードのパキスタン開発経済大学院で実験を行なった。実験手順は9月11日は、GV (27回)、GESL(22回), GE(14回),の順、9月12日は、GESL(22回)、GV (27回)、GE(14回)である。これでイスラマバードのデータは9回分となり、国内実験と同じになった。

・ 現在までの進捗状況:おおむね順調に進展している

国際実験のデータ収集は、国内実験と比較可能な数となり、さらにタイでの実験も加わった。理論論文は、紆余曲折を経てしまったが、安定性の概念は大幅に改善された。しかし強い安定性を考えたために、多数の戦略が共存する寛容均衡の分析はより難しくなったとは言える。実験論文は、やっと多くの疑問に対する答えが出て来たので、あとはうまく執筆するという段階に来た。

・ 今後の研究の推進方策

VSRPDの理論論文の完成を急ぎ、国際学術誌に投稿する。また、一般の社会ゲームにも応用できる「寛容」のロジックについて新たな論文を考える。グレーヴァ、藤原、鈴木は寛容のロジックを中心としてこれまでの10年以上の共同研究の集大成として和書の執筆も始めている。実験論文はグレーヴァと西村で執筆を進めて行く。国際実験のデータ整理は中泉を中心にRAと鈴木で進めて行く。整理が終われば統計的分析は国内実験と同じものをやればよいだけになっている。