5.3 今後の課題


 本研究の成果を活用し、今後の拡大教科書等の作成支援を行うためには、以下の課題を解決していく必要がある。

(1)適切な拡大教科書を選定・評価できるシステムづくりの必要性

 本研究で、適切な拡大教科書を選定・評価するためのツールを試作することができた。しかし、このツールが弱視児童生徒が在籍している学校で実践される必要がある。特に、通常の学級や弱視特別支援学級では、担任教員が必ずしも弱視教育の専門家ではないため、特別支援学校等による支援体制を構築する必要があると考えられる。なお、本研究で試作した選定・評価ツールが適切かどうかに関する検証データを蓄積し、必要に応じて修正を加え続ける必要がある。

(2)弱視児童生徒の実態やニーズを把握し続けるシステムづくりの必要性

 本研究では、盲学校、弱視特別支援学級、弱視通級指導教室、通常学級に在籍している弱視児童生徒の実態やニーズを調査することができた。しかし、これは現状であり、実態やニーズは時間と共に変化していく。そのため、拡大教科書に関する弱視児童生徒の実態やニーズを把握し続けるシステムを構築する必要があると考えられる。拡大教科書には、必ず、実態とニーズを把握するアンケートを添付し、毎年、回収するというような仕組みが必要だと考えられる。なお、このアンケートには、各教科に対する個別の要望、例えば、「宝探しの地図は文字サイズ等を変えずに、検定教科書のページをそのまま挿入して欲しい」という改良点も収集できるようにすると、製作者にも参考になると考えられる。

(3)標準規格の改善に関するエビデンス収集と製作ガイドラインづくりの必要性

 拡大教科書の標準規格には、様々な規定がなされている。しかし、拡大教科書を作成する際、標準規格同士の調整が必要になる。例えば、文字サイズを大きくしようとすると判サイズや重さ等を犠牲にせざるを得なくなるというような場合である。その際、標準規格のどの要素を重視すべきなのかに関する科学的な根拠が明確ではないため、判断に困る場合がある。そこで、個々の標準規格の重要度や優先順位等を科学的なエビデンスに基づいて、整理する必要がある。本研究では文字サイズ、判サイズ、字体などの主要な要素を検討したが、その他の要素については今後エビデンスの取得を重ねていく必要がある。また、標準規格に記載されていないために、製作者が困っている事項もあるので、標準規格とは別に、製作も考慮した作成ガイドラインが必要だと考えられる。

(4)サンプル版拡大教科書の継続的提供の必要性

 本研究で試作したサンプル版拡大教科書は、現時点では、高く評価されている。このようなサンプルが今後も定期的に発行されることが期待されている。改良のための調査研究が必要なことは言うまでもないが、サンプル版拡大教科書作成を前提とするようなシステムづくりが必要である。本研究では、サンプル版拡大教科書に収録する部分を決めた後で著作権処理を行ったが、今後は、サンプル版拡大教科書に採択される可能性を考慮し、予め著作権処理がなされていく必要性がある。

(5)拡大教科書の作成における役割分担の必要性

 ニーズ調査の結果、プライベートサービスによる拡大教科書が必要なケースが15%程度存在することがわかった。これらプライベートサービスは、教科書発行者が対応することは困難であり、ボランティア団体の力が必須である。また、高等学校の拡大教科書は、単純拡大方式がほとんどであるため、18ポイント以上の文字サイズが必要なケースでは、ボランティア団体に依頼せざるを得ない状況である。そこで、今後は、教科書発行者とボランティア団体が役割分担をして効率的に拡大教科書が製作できるシステムづくりを構築していく必要がある。

(6)拡大教科書製作におけるグッドプラクティス収集・共有の必要性

 教科書発行者への調査の結果、検定教科書と拡大教科書を同時に作成することで製作効率が向上するわけではないこと、現状ではシングルソース・マルチユースを実現することは困難であること、フォントの変更だけでも編集・校正等の作業負荷が小さくないこと、ソースが同じでも3つの判サイズを作成することは在庫管理や需要数予測の観点で負担があること等、多くの課題があることが明らかになった。しかし、各発行者は、製作効率の向上や弱視児童生徒の見えにくさへの適切な対応を行うために、それぞれ、様々な工夫を実施していることも明らかになった。例えば、拡大教科書でのフォント変更を前提に検定教科書のフォント選択を行っていたり、検定教科書のユニバーサルデザイン化を進めることで、図表等の共通利用を効率化したりしている事例があることがわかった。今回の調査では、製作効率を画期的に向上させる方略を見いだすことは出来なかったが、これらのグッドプラクティスを収集し、共有することは有効だと考えられる。

(7)弱視児童生徒のニーズとボランティアのシーズをマッチングする必要性

 拡大教科書の利用実態調査の結果、現在、ボランティアとのやりとりはあまり実施されていないことがわかった。これは、ボランティアへのヒアリングでも確認できた事実である。ボランティアの拡大教科書作成は、基本的には、個別対応のプライベートサービスであり、ユーザとのやり取りがなければ、効果的な拡大教科書づくりは困難である。一方、弱視児童生徒とボランティアがやり取りを行う場合、個人情報保護に配慮する必要がある。そこで、個人情報保護に配慮しつつも情報交換ができるシステムを構築していく必要がある。

(8)他の障害と共通する配慮事項の明確化の必要性

 本調査では、少数であったが拡大教科書に対する発達障害者の意見を聴取することができ、弱視者との相違点が明らかになった。次に述べる教科書のユニバーサルデザイン化を推進する上でも、他の障害と共通する配慮事項を明確にしていく必要性がある。

(9)検定教科書のユニバーサルデザイン化の必要性

 教科書発行者への調査で、検定教科書のユニバーサルデザイン化への試みが、拡大教科書の製作効率向上に寄与している事例があることがわかった。検定教科書に使うフォントの選択、図表の作成方法、カラーユニバーサルデザインへの配慮等を行うことは、拡大教科書でデータを利用する際に有効だと考えられる。教科書のユニバーサルデザイン化は弱視児童生徒のために行うわけではないが、広く教科書のユニバーサルデザイン化を求める動きが加速されることで、拡大教科書の製作効率は向上すると考えられる。


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