昨年までの研究の結果、点字触読の過程において、触読年数が長くかつ速い読み手(熟達者)は、1マスの点字を左右に半マスずつ分離し、同時に入力された半マス(縦3点の組み合わせ)ごとに継時的・階層的に処理していく方略をとっていることが示唆された。そこで、一連の学習プログラムを作成し、初心者に、このような方略を習得させるための指導法の開発を試みた。
指導の対象児A・Hは、先天性白内障で、生後18ヶ月以後1年毎に手術を受けていた。市内の弱視学級に入学したが、3年生の時右眼を失明した。左眼は0.1程度の視力を保持していたが、5年生の5月に網膜剥離をおこし、手術を受けたが視力の回復は期待されなかったので9月から盲学校に転入学した。その後、衝突による硝子体出血も加わって、左眼の視力も眼前手動弁になった。視覚以外に損傷は見られないが、両親の庇護が厚く、認知や運動の体験が少なく、語彙も極めて乏しかった。
6年生(12歳)の夏休みに来所した時点でも、母子共に失明の現実を受容していなかった。生活や学習の態度は極めて消極的で、特定の歌手が唄う歌謡曲ぐらいにしか関心を示さなかった。盲学校に転入学後1年間で、学校内の一人歩きはなんとかできるようになっていた。点字については、清音、濁音、拗音、数字などを、パーキンスブレイラーを用いて書くことが実用的な段階に到達していた。しかしながら、両手読みはできず、左人差指を立てて、指先を縦方向に探りながら、1分間に約1行程度読むことしかできなかった。授業中も教科書は読まず、話を聞いているだけであった。
指導に先立って1分間速読みテストと1マス点字のイメージの調査を行った後、盲学校 小学部 国語教科書1-1、pp11〜38を用いて、両手読みによる行たどりとマス間の識別、及び点の位置の意識化の指導を、1回約1時間で、計3回(3時間程度)行った。
次いで、縦3点による8通りの組み合わせを同定させる教材(2ページ)を指導した後、清音の指導に移った。その内容は、次ページの学習プログラムのステップ1〜12に相当する。まず、前半の半マス(1・2・3の点の組み合わせ)を同定した後、後半の半マスを構成する特定の点を加えて、清音の点字を同定できるようにするものである。各ステップは、文字・単語と、文章との2ページからなり、各ページを3回ずつ繰り返して読ませた。その結果の中から、文章の読み速度だけを図に表した。指導回数の1〜11が、清音指導のステップに相当し、この間、読み速度に大きな変化は見られない。
ステップ13〜16では、促音、長音、濁音など、混同しやすい2の点と5の点を空間的な距離でなく触読中の時間差から識別できるよう促す指導を取り上げている。図の指導回数12〜15がそれにあたるが、読み速度は1〜3回目共に、1分間に20マス程度増している。
ステップ17〜20では、再び清音に戻るが、ここでは逆に、前半の半マスが等しく、後半の半マスが異なる文字を分類して読み取らせる指導を取り上げた。図の指導回数16〜19がこれに相当するが、1回目の読み速度が少し増し2・3回目の読み速度に近ずく傾向がある。
ステップ21で、行と列など直音相互の関係を理解させた後、ステップ22〜25で、拗音の指導を取り上げた。この場合、前置点に続くマスの前半が等しく、後半が異なる文字のグループ毎に提示した。最後のステップ26と27で、特殊音とアルファベットを、それぞれ4ページずつの教材で指導した。ステップ22以後は、図の指導回数19〜25に相当するが読みの速さは、教材の難易によるところが大きい。初出の文字が多いにもかかわらず、読み速度が落ちていない理由として、既習の文字の読みが安定していると考えることもできる。
なお、各ステップの指導は、1日1ステップで1〜2時間程度である。
指導の前半では、自宅学習や教科書の触読をしたがらなかったが、指導の後半では、学習意欲も徐々に改善され、各教科の学習に参加できるようになった。最初、右手で読むことは全然できなかったが、最後のステップの時点では右手で一行の後ろ2/3を読み、左手は行がえに活用するようになった。
表1でわかるように、一連の指導後も、まだ十分な速さには達していない。しかしながら、表2に示したように、1マス点字のイメージには大きな変化がみられる。特に、初心者が持っているGとEの反応パターンが激減し、熟達者がとるAの反応パターンが増えていることが注目される。ただ、GやEの中にも字形の物理的規定性に引かれて、BやDに変化しているものもある。
いずれにしても、これらの結果から、読み速度はまだ十分ではないが、熟達者の点字のイメージと、両手読みの手法をすでに獲得しているので、今後読書量が増えれば、読み速度も改善されると期待できる。また、この学習プログラムによって、触読の熟達者の方略を、比較的早い段階で指導できることが示唆された。
出典:木塚泰弘・小田浩一・大城英名、点字の読み速度を高める効果的な指導法に関する研究(1)、視覚障害、102、pp4-5、1986年9月.