問い オ列長音のかなづかいにつきまして『改訂日本点字表記法』の本則によりたいと思いますが、長音符と「オ」の使い分けの方法を説明してください。
答え このたびの改訂では、現代語のかなづかいにつきましても、点字と墨字の対応関係を明確にすることをひとつの目標として、本則を整理いたしました。その結果、現代かなづかいと点字のかなづかいとの相違点は二つとなりました。第1は、助詞の「は、へ」を「ワ、エ」と書き表わす点で、第2は、ウ列とオ列の長音のうち墨字で「う」と書く長音だけに長音符を用いる点です。そこで、墨字で「あ、い、え、お」と書き表わす長音は、点字でも同じく「ア、イ、エ、オ」と書き表わし、点字の長音符は墨字の長音符と長音の「う」とだけに対応することとなりました。そのため、カナタイプで墨訳したり、かなで書かれた原本を点訳する場合にはすっきりしましたが、漢字かな交じり文の点訳では、現代かなづかいでふりがながしてある辞書などで確かめる必要があります。ここでは、よく問い合わせのある点につきまして説明することといたします。
まず、「オ」と書く長音の一覧表は、どういう根拠に基づいて掲げてあるのかという問題です。現代かなづかいが制定された際に、歴史的かなづかいで、「おほきい」のように「ほ」を添えて表わしたオ列の長音と、「を」を添えて長音を表わした「とを」の場合とだけは、「ウ」ではなくて「オ」を添えて長音を表わすことになりました。その理由として、これらの語は、長音というよりも「おお」と母音の「お」のくり返しで切れる感じがあるという音声上の違いを認めることは今日ではむずかしく、実際には歴史的かなづかいの名残として、例外的に考えられてきました。現代かなづかいが定着して、歴史的かなづかいは一般的ではなくなった今日では、歴史的かなづかいの「ほ」や「を」との対応関係で説明するわけにはいきません。そこで、これらの語を一覧表に列挙して、その派生語とともに「オ」を添えてもらうこととしたのです。これらは点字独特の基準で選んだものではありませんから、墨字の場合とまったく同じです。そこで、派生語などで疑問がある場合には、現代かなづかいで読み方が付してある辞書で確かめることができるのです。
次に、一覧表に掲げてある語とその派生語に当てられる漢字の問題です。これらはすべて和語ですから、漢字は訓としてあとから当てられたものなのです。「凍る」は、この一覧表に載っているけれども、その派生語の「氷」は一覧表に載っていないから、これは「コーリ」と書くと解釈しておられる向きもあるそうですが、一覧表に用いられている漢字の方を重視して解釈すべきではないのです。「オオカミ」「オオバコ」「オオムネ」「オオヤケ」「オオヨソ」は、それぞれに漢字が与えられていて、一覧表に載っていても、語源的には「大きい」の派生語と考えることもできるのです。「太田さん」の「太」や、相撲の「巨砲」の「巨」なども、漢字は違っていても「大きい」の派生語ですから、「オオ」と書きます。「トオル」についても同じことがいえます。普通は「通」が当てられていますが、「見透す」や「つき徹す」などのように別の漢字を当てはめている場合でも、「トオス」と書きます。もっともこれらは当用漢字音訓表外の漢字なので、最近ではあまり使われていませんが、古典文芸ではよくぶつかる問題です。
これらは点訳に際して辞書で確かめればよいわけですが、いちいち確かめるのではわずらわしいので、何かよい覚え方はないかという問題があります。これは墨字の世界でも同じことで、次の四つの和歌を手がかりに、これらの語を覚えている人もいます。
(1)おおやけの おおせ おおむね しおおせて よるの とおのり おおかみの こえ
(2)おおぜいが ほのおのごとく いきどおる もよおし おおき おおばこの はら
(3)ほおずきで ほお ふくらまし とおの こが おおよそ まねる こおろぎの こえ
(4)おおみそか こおりの おおう おおどおり ほおばを はいて あし とどこおる
しかしながら、これらの和歌は覚えにくく、さらにこれらの語は古語が多いので、現代語の派生語を作りやすく、しかも使用頻度の高い語だけを抜き出して、「とおくの おおきな こおりの うえを、おおくの おおかみ とおずつ とおった」と口調のよい文にして、小学生に指導しているところもあります。これらを参考にすることもできます。なお、「ウ」と書くオ列長音で、和語はどんなものがあるか列挙してほしいという御要望もありますが、「オトーサン」「オトート」「イモート」「トーゲ」などとたくさんあり、列挙することはできませんので、辞書で確かめてください。
さて、点訳者の場合はよいのですが、盲人の場合はむずかしいのではないかという考えをお持ちの方もあります。確かに盲人が読む場合にはなじみの問題を別にすれば「オ」でも長音符でもどちらでも読めますが、書くとなるとやや事情が異なります。「ミヤコオオジ(都大路)」と「オージノ キツネ(王子の狐)」を書き分けたり、「オオサカエキ(大阪駅)」と「オーサカヤマ(逢坂山)」とを書き分けることは、意味の手がかりが薄いだけに、漢字を日ごろ用いていない盲人にとっては、かなり困難です。そのために、従来どおり書いてもよいという許容があるのです。ただ、これらの固有名詞については墨字で書く場合もむずかしいのですから、日本語の表記そのものの問題として、墨字使用者と共通の広場を持つことも意味のあることと思います。
出典:「日点委広報 日本の点字」第8号、pp.44-46、日本点字委員会、1981年7月.