2000.2.21

 

     金融システム健全化および市場重視の金融改革の続行を望む

 

                     金融監督政策研究会、第四回提言

 

 金融再生法、早期健全化法にもとづく金融システム健全化の政策は、柳沢伯夫前金

融再生委員長のリーダーシップの下、同委員会および金融監督庁の努力により、期待

された以上の成果をあげてきた。昨年中の金融株の回復そしてジャパンプレミアムの

解消は、こうした政策に対する内外の評価の表れと考えられる。金融ビッグバン関連

の法律もほぼ計画通りに整備され、日本の金融は、従来の銀行中心の規制されたシス

テムから市場中心の競争的なシステムへの必要な移行を開始したかのようにみえた。

 

 しかし昨年10月に越智道雄氏が新委員長に就任して以来、こうした金融改革の進展

にブレーキをかける動きがしばしば見受けられるようになった。昨年の暮れに国民の

目を盗むようにして決定された、預金全額保護の特例措置の延長は、金融健全化政策

後退の端的な例である。このような金融改革の後退が続くなら、金融ビッグバンが描

くような市場中心の金融システムの構築は達成されることなく、日本の金融は再び市

場の信認を失うことになる。そうした事態を避けるために、いま金融健全化への責任

ある取り組みを明確にし、金融ビッグバンに沿った改革の続行を再確認する必要があ

る。

 

 預金全額保護の特例措置は、金融機関の有効な破綻処理機構が存在しない状態のも

とで金融システムの安定化を図る観点から、1996年度から2000年度までの時限的な措

置として導入されたものである。金融再生法などにより、有効な破綻処理の枠組みが

整ってきた今、特例措置の意味は薄れている。それにもかかわらず2001年4月に予定

されていたペイオフ開始は一年間全面的に延期された。報道によれば大蔵省は、2002

4月からさらに一年間、金利がゼロに近い流動性預金を全額保護し、これに加えて

別枠で定期預金を1000万円まで保護する方針であるとされている。

 

 たしかに、従来の預金保険制度にはいくつか不備な側面があり、そのままで2001年

4月からペイオフを解禁することは困難であった。しかし、このデッドラインを生か

して預金保険制度の見直し、不健全な金融機関の破綻処理や資本注入による再建を精

力的に進め、予定通り2001年春に預金の全面保護を解除すべきであった。これまで

「ペイオフ解禁」というデッドラインは、不良債権で脆弱化したわが国の金融システ

ムを整理再建する上での、いわば強力な触媒として働いてきた。ペイオフ開始以降に、

巨額の不良債権を隠していた金融機関が突然破綻したりすれば、預金の大幅な切り捨

てに直面した預金者から、監督当局は厳しく非難されることになる。だからこそ、当

局による金融機関の自己資本注入、早期是正措置の発動、破綻金融機関の認定が急ピ

ッチで行われてきたのだ。ここで、ペイオフ解禁を二年間遅らせることは、このよう

な金融システムの整理再建を二年間ほぼ凍結することにつながる。長期的な目標であ

る、競争的な市場型金融システムの構築も同様に遠のくことになる。

 

 金融審議会の答申(1999年12月21日)にあるように、預金者保護の基本は健全な金

融機関経営を確保することにあり、そのためには問題のある金融機関の早期発見、早

期是正が肝要である。ペイオフの延期は、一見すると預金者や金融機関の取引先企業

にとって有利に見えるかもしれない。しかし、ペイオフ延期により金融機関の健全化

が遅れると、その処理コストは結局、より高い税金、より低い預金金利、より高い貸

出金利を通じて、納税者、預金者、そして健全な借り手によって支払われることにな

る。

 

 さらに重要なことは、預金の全額保護の延長が、銀行部門の過大(オーバーバンキ

ング)という日本の金融の根本問題の解決をさらに遅らせるという点である。金融ビ

ッグバンの諸方策は、このようなオーバーバンキングの状況を解消し、市場型の間接

金融システムの構築を目指すものである。政府は預金全額保護によって個人金融資産

を預金につなぎとめ、70兆円の公的資金を銀行に注入し、銀行はこれを原資に積極

的に貸出を拡大するようにという政治的圧力をかけている。これは、明らかに金融ビ

ッグバンの流れに逆行するものであり、政府の真剣な取り組みを疑わざるを得ない。

 

 預金全額保護の実質二年間の延長は、金融改革後退の顕著な例であるが、その他に

もいくつかの兆候が見うけられる。たとえば、破綻した国民銀行の譲渡先として八千

代銀行を選択した際、他にどのような候補があり、どのような点で八千代銀行のオフ

ァーが優れていたのかが、明らかにされなかった。越智新委員長の「次は日本勢で」

という発言の後でもあり、何か政治的な思惑があったのではという憶測を呼んだのも

当然である。信金から数年前に普通銀行に転換し、日本の銀行では例外的に成長途上

にある八千代銀行が、最適の譲渡先であった可能性はあるが、監督官庁のディスク

ロージャーの徹底という観点から大きな問題が残る。

 

また、イトーヨーカ堂やソニーの銀行業参入を巡っての金融再生委員会および金融監

督庁の対応も理解に苦しむ。これらの企業が計画している銀行は、決済業務に特化す

るいわゆるナローバンクであり、信用リスクを伴う貸出業務は基本的に行わない予定

である。ナローバンクの導入は、金融システムの安定性に寄与する可能性がある点で、

高く評価すべきである。このような新しい動きに対して、銀行法の条文を精一杯制限

的に解釈する金融再生委員会幹部の否定的な対応は、金融ビッグバンの目的の重要性

をどれだけ認識しているのか疑わせるに十分である。

 

 また、最近整理回収機構がその担保物権の処理予定を遅らせる発表をした。地価の

回復が思うように進んでいないためというが、地価の回復が進まない重要な理由は、

市場が不良債権の担保物件などの潜在的な土地供給がいまだ大きいと信じていること

にある。こうした潜在的な土地供給が市場に現れてこないうちは、地価の上昇は見込

まれない。整理回収機構の担保物権売却予定の先延ばしは、かえって地価の回復を遅

らせ、不良債権の処理を遅らせる結果につながる。

 

 越智新委員長就任以来、金融機関経営者および一般国民は、金融行政はビッグバン

以前にもどり、護送船団行政が復活しようとしている、という印象を深めている。こ

れまで日本の金融システムの再構築を目指して尽力してきた人々の梯子を外すような

政策変更はすべきではない。柔軟な政策対応の価値を否定するわけではないが、現在

は金融システムに対する信頼回復に向けて着実に歩みつづけるのが、日本の金融行政

の最重要課題である。