心理学は人間や動物の純粋な経験(現象)を整理し、その働き(機能)や意味を明らかにし、さらにその背景にあるメカニズムを探求する学問です。その究極の目的は、人間や動物の「こころ」(行動)の理解と予測であり、個々の豊かな生活(Quality ofLife; QOL)を保障し、過ごしやすい社会を形成するための知見を科学的に究明していくことです。
心理学の講義では、科学としての心理学がどのような方法で行動や個性を測定するかに関する実習を実施し、データ分析を通して、心理学的測定法について解説します。また、それぞれの個性的な行動がどのようにして発達するのか、また、何らかの原因で発達が阻害された場合に、どのような困難(障害)が生じるのかを概観します。さらに、行動や個性を変えるためには、どのような取り組みが可能かについて、適宜、事例も紹介しながら、理論的に解説します。本講義の最大の特徴は、実験心理学の研究成果を、主として障害児・者の教育・福祉や彼らの生活をより豊かにする支援技術と関連させながら紹介する点です。高齢化社会を目前にしている今、障害や福祉は身近な問題になりつつあり、最先端科学技術等を用いてその問題点を解決する支援技術が注目を集めつつあります。「障害」や「加齢」を理解し、支援技術等を用いて、障害がある人達の教育や福祉を実現するためには、心理学の科学的な考え方や実験・観察に基づく基礎データが極めて重要な役割を果たしています。例えば、目が不自由であっても単独で行動することは可能なわけですが、白杖(白い杖)や盲導犬が自動的に導いてくれるわけではありません。白杖や盲導犬という道具を使って目の不自由な人自身が「自分はどこに行きたいのか」「そのためにはどういうルートをとるのか」「そのルートに沿って移動するためにはどういう手がかりがあるのか」「ルート中に段差や穴や障害物はないか」「迷ってしまったときにどうするか」等を判断しながら移動するわけです。このような判断がより安全に、効果的にできるためには、人が環境や地理を知覚・認知する方法を科学的に明らかにしなければなりません。
どんな人も老化して、心身の機能が低下するわけですから、バリアフリーの問題は、人間全般にかかわる大きな問題であると言えます。私の研究活動の目的は、21世紀社会において、障害者・高齢者を含むすべての国民・ユーザが安心して、安全で快適な生活を送ることができるように、先端的科学技術を有効に応用していく方法を探り、未来の総合的バリアフリー社会空間の構築を目指すことにあります。私は「障害のある人や高齢者にとって最も重要なのは、生活上の機能を充足させることである」という観点から研究・実践を進めています。近年、バリアフリーやユニバーサルデザインが注目されていますが、ユーザである障害者・高齢者の生活の視点は十分でなく、ニーズとシーズの乖離が見られる場合もあります。これらの乖離を解消するためには、(1)多様な障害当事者のニーズを把握し、(2)抽出したニーズを研究者・開発者に伝え、(3)開発されたシーズに適合するニーズを持つユーザ(障害当事者)に情報提供・調整する必要があり、それぞれの役割を担う人材養成が急務です。加えて、(4)開発されたシーズが安定供給されるためには、「特殊な境遇の人のための特殊な技術」ではなく、「高齢化社会においては遅かれ早かれ誰にでも必要となる技術」という観点で産業化を図る必要があります。